10月 11 2005
最初に気付いたのは、女房だった。
浜田省吾のアリーナツアーに行ったときに、浜田省吾がしていたらしい。
自分も気になり、ホワイトバンドで検索してみてその正体が判った。
「3秒に1人、子どもが貧困から死んでいます。
食べ物がない、水が汚い、そんなことで。
この状況を変えるには、お金ではなく、あなたの声が必要です。
貧困をなくそう、という声を表すホワイトバンドを身につけてください。」
この活動が変わっているところは、寄付を募るのではなく意思表示だと言う。
貧困を無くす政策を押し進めることだと。
また逆に偽善だとか、寄付金はゼロだという指摘もある。
ただ、寄付ではなく意志表示の手段であることから、寄付金が云々かんぬん指摘することは正しくないような気がする。
で、女房が購入していたので、今日自分も購入した。
貧困について、自分が主張を述べることはおこがましくて出来ないが、意志を表すことなら自分にも出来ることだと思ったから。
10月 10 2005
最近、通勤時にiPodで聞く音楽が、いつも同じになってしまう。
ASIAN KUNG-FU GENERATION
リライト
ループ & ループ
青の歌
The Clash
Somebody Got Murdered
Up In Heaven (Not Only Here)
Clampdown
Bankrobber
Stay Free
Eric Clapton
My Father's Eyes
Layla
Phil Collins
I Wish It Would Rain Down
Against All Odds ...
10月 9 2005
巷では、小泉チルドレンの動向が報じられている。
そのチルドレンという意味は、意志を引き継ぐ者と捉えるのが一番当てはまっているのではないかと思う。
自分の仕事上の環境においても、何となく合致する点がある。
つまり、仕事に対する自分の考えや行動を理解/共感し、同じ思いでその道を歩んで行く者という意味において。
今時点では、悲しいかな自分の意志を引き継ぐ者は同じ部門に殆どいない。
頻繁に行われる組織変更によって、そのような思いを持って接してきたスタッフも直ぐに別れ別れになってしまう。
ただ、あながちそれが悪いことであるとも言えないと思う。
その組織変更によって、意志を引き継ぐ者が色んな所に広まっていくのだから。
逆に、同じ釜の飯を食べる期間が長過ぎると、画一的になってしまって個性が出て来なくなるデメリットが怖くなる。
いずれにせよ、意志を引き継ぐ者を育てるのも大変であるし、意志を引き継いだ者がいないのも大変であることには変わりはないが。。。
10月 8 2005
ZORBAのカウンターに座り、ぼんやりと窓から表通りを眺める。
そして、ジャックターを飲みながらふと寂しさを覚える。
寂しさというよりは、人恋しさか。。。
すると、もう一人の自分が隣のスツールに腰を下ろした。
「今、メール打とうかと考えていただろう?」
「。。。」
「やめとけって。結末は判っているじゃんか。」
「所詮、疑似恋愛ということを言いたいのかい?」
「そうさ。むやみに貴重な時間と金を浪費するなってこと!それに。。。懲りたんじゃなかったっけ?」
「放っとけよ。」
「ああ、放っとくさ。」
「。。。」
「それに今日は花の金曜日だ。店が何時に終わるか判らないぜ。」
「構わないさ。ただ、今夜は本当に逢いたいと思うんだ。この初めての感情には、正直自分でもちょっと驚いている。今までずーっと俺がすっぽかし続けてきたんだ。そうさ、初めてデートしたのは去年のバレンタインさ。でも、それ以来は店で顔を会わすだけで、ずーっとデートなんてしてこなかった。口では好きだと言いながら。だから、逢いたいという今の気持ちを大切にしたいんだ。」
「何言ってんだ、お前?」
「ヒリヒリしたいんだよ。朝起きて会社に行くときでも、仕事中でも、ベットに入る時でもさあ、アイツは今何してんだろう?とか、今日メールか電話があるかなとか、この次はいつ逢えるんだろうとか考えるとヒリヒリしてくるんだ。仕事だってやる気が湧いてくるんだ。」
「10代のガキじゃねえだろうが。」
「アッハー。確かにガキかもしんないなあ。いや、そうガキだよ!10代の頃に好きな娘を思う気持ちとまるっきり同じさ。」
「あっ!?お前今メール打ったろう?」
「ああ、打ったさ。A&Aに1時までいるので、来れるか?って!」
「。。。」
「アッハー!」
「彼女はドライだし、ちょと押せばすぐに抱かれてしまうって言われてんの知ってるよな?」
「ああ、でも関係ないさ。ドライだとか、今まで誰に抱かれてきたかなんて。」
「本当にいいのか?」
「ああ、いいのさ!思うんだが、この歳になっても、多分俺はどこかでやっぱり雄でいたいんだと思う。本能っていうのかな?」
「あのさー。。。」
「さあ、もうA&Aに行くから、そろそろ消えてくれないか。」
「後悔しても知らないぞ。」
「何を後悔するのか判らないし、何で後悔するのかも判らないよ。何言ってんだ、お前は?」
「放っとけよ。」
「ああ、放っといてやる。だから、もう消えてくれないか。」
「。。。」
「アッハー!」
チェックを済まして、A&Aへ向かう。
どうやら、もう一人の自分は消えてくれたみたいだ。
入り口に近いカウンターに腰を下ろす。
「ブラディーシーザーを。」
「何でニコニコしてるんですか?」
「えっ、俺ニコニコしてたか?」
「ええ。」
「ふ〜ん。まあいいや。あっ、ブラディーシーザーは濃い目で作ってくれないか。いつもの何か薄く感じるんだよなぁ。氷が解けるからかな?」
「あっ、多分クラトマジュースだけだと濃いと思って、ちょっとトマトジュースを加えていたんですけど、クラトマジュースだけでやってみますか?」
「ああ、そうしてくれ。」
「お待たせしました。」
「ありがとう。」
出てきたブラディーシーザーを一口飲んでみると、美味い。
この方がピッタシとくる。
「うん美味いよ、こっちの方が。」
「じゃあ、これからはこのレシピで作りますね。」
「ああ、頼む。」
時間は1時ちょっと前。
携帯にメールが着信する。
サブディスプレイに彼女の名前が表示される。。。
賭けてみることにした。
そう、メールを見ずに、自分が待てるだけ待ってみようと。。。
そして、思い出した。
彼女はティオペペが好きだってことを。
「なあ、ティオペペあるか?」
「ええ、ありますよ。」
「じゃあ、隣に置いておいてくれないか。」
「どなたか来られるんですか?」
「さあな。」
「??」
「いいから、置いといてよ。」
「判りました。」
ブラディーシーザーを飲みながら、無意識の入り口の扉を見つめてしまう。
扉というものは、出て行くためにあるのか?それとも入ってくるためにあるのだろうか?と考えながら。
そして、1時を10分ぐらい過ぎたとき、その扉がキッーと開いた。。。
「ゴメンね、ちょっと遅れちゃった!」
「やあ、久しぶり!」
「ねえ、ちょっと遅れそうだからメールしたけど、何でレスくれなかったの?」
「えっ、気付かなかったよ。でも、待とうと決めていたから。。。」
「えっ、何!?」
「まあ、いいじゃんか。さあ、飲もうよ。ティオペペでいいよな。飲み方は?」
「うん、ストレートで。」
「OK。」
バーテンダーにニヤッと笑いながら、
「なあ、彼女にティオペペをストレートでくれないか。そして、俺はポルフィディオをロックで。」
とオーダした。
「かしこまりました。」
とバーテンダーがニヤッって笑い返しやがった。
10月 7 2005
実は半年前ぐらいに、このブログとは別にもうひとつのブログを開設していた。
当初は「Stories.」と題して、フィクションとノンフィクションの区別は明にせず、それを読んでくれた人の判断に委ねる形で、ショートストーリーをポストしていた。
今は、更新を中止して放置プレイ状態にあるのだが。。。
そして今回、このK's Garage WEBLOGで再開しようかと思って、「Stories」というカテゴリを追加した。
何となく、また夢物語を書いてみたくなってきたから!
It is you yourself that this story judges reality or a fancy!!
10月 6 2005
yokohama bayside bluesというブログサイトが立ち上がったみたいだ。
ここで、多くは語らない。
ただ、毎週金曜日になると、愉快な仲間達と呼ばれる連中が夜な夜な集う場所らしい。
それに、一応Yokohama Shooters Clubの認定のお店でもあるらしい。。。
以上。
10月 5 2005
一昨日の夜、甥っ子が親に対して暴言を吐いて困っていると姉からメールが来た。
丁度、思春期まっさかりなので、アドバイスだけはしたのだが。。。
そして、秋のお彼岸にお墓参りに行ったときのこと。
自分の母親を連れて行ったのだが、自分の家と女房の家双方へお参りをした。
女房の家のお墓は山の中にあり、崖の途中にあるような感じで足場がとても悪い。
そんな場所で、自分の母親がそそくさとお墓を目指して進んで行ってしまった。
流石に足場が悪いところで母が躊躇し何かに掴まろうとした瞬間、無意識にその手を握って保持した。
昔に比べ、華奢な手になっていたことに一瞬不安を感じたが、抵抗なく、そして照れることなく自分が握れたことに時の流れを感じた。
親の手を握ったり、支えたりすることに自分が不安を感じてしまうのは、トラウマが残っているからだ。
自分が社会人になって3年目のころ、肝臓を患っていた父が転院を薦められた。
今はなき港湾病院へ。
ごくごく平凡で、無口で照れ屋な父であった。
そんな父を入院のため、自分が港湾病院まで送っていった。
その頃は、シルビア(S13)に乗っていて、車高が低く室内が狭いクルマだった。
そして、病院の駐車場に着き自分が降り助手席側に回ったところ、父がクルマから降りようとしていた。
その瞬間、何がどうなったのか判らなかったが、父がよろめき転びそうになった。
「あっ!」と思い、父をがっしりと受け止めた。
その受け止めた父の身体が、小さくて、軽かったことに愕然とした。
「嘘だろ!?。。。」
父親というものはいつまでも自分の上にいるものだと思っていたのだが、その瞬間から自分が助ける番に回ったのだと必然的に認識した。
だが、何一つ助けることなど出来なく、それから半月後に父が他界した。
その死に目にも間に合わなかった。
母からの電話を受けクルマを飛ばしたのだが、本牧A突堤前の信号に引っかかり律儀に青に変わるまで待っていたその時間の分だけ。。。
姉へのアドバイスをした後、そんなことを思い出してしまった。
きっと、時が経てば甥っ子も姉の手を躊躇することなく握るだろう。
所詮、思春期のどこにでもある問題だ。
だから、この次姉から連絡があったら、こう言おうと思っている。
「大丈夫さ、姉貴。俺も昔はそうだった!」と。
10月 4 2005
忙しい状態が続くと必ず出て来るものがある。
それは、物欲。
衝動買いとも違うのだが、段々と欲しい物が出て来るのである。
無意識のうちに、自分へのご褒美という意識が働いているのに違いない。
で、今回は携帯である。
DoCoMoのP701id。
とてもクールな携帯だと思う。
シンプルで、オーバークオリティじゃないところに惹かれる。
ラウンドタイプのマットブラックがターゲット。
多分、機種変更をしてしまう気がしている。
何故なら、この物欲は今まで押さえられたことがないからである。。。
10月 3 2005
上期の終わりと下期の始まり。
月初めの第一営業日(月締め)。
週間進捗が開催される月曜日。
そして、一日中客先での作業。
朝から臨戦態勢で望んだのだが。。。
案の定、目が回るようなジェットコースター状態だった!?
1.20数名のスタッフの勤怠情報登録内容の承認。
2.20数名のスタッフの旅費清算の承認。
3,20数名のスタッフの稼働時間計上先の割り振りと指示。
4.新しいパートナーの顧客への面接立ち会い。
5.その顧客上司との打ち合せ。
6.顧客進捗資料の作成。
7.3社のパートナーからの作業報告書のチェック&承認。
8.顧客進捗会議への出席。
9.上期でアップするスタッフの顧客への挨拶立ち会い。
etc,,,,,,,,,,,,,,
携帯への着信回数30回。
携帯からの発信回数11回。
メールの受信件数43通。
メールの送信件数28通。
トイレへ行けた回数3回
昼食はサンドイッチのみ。
社外のため、前述の事務処理は全て64kbpsのPinで途切れ途切れのWeb処理。
あまりの忙しさに、最後は笑うしかなくなってしまった。。。(^O^)/
10月 2 2005
トレーニングジムに通ってみるかと思い始めた。
今日、テレビで田中健が一ヶ月で見事にシェイップアップしたのを観た。
自分の年齢を考えれば、体力が落ちているのは歴然で、寝ていると足がつったりしてしまう始末。
3Kgちょいの射撃銃も、最初は保持するのがちょっと辛かった。
昔、自宅で腹筋と腕立てをやっていたのだが、いつの間にかやらなくなっていた。
そして、年々と体力は落ちていくばかり。。。
それに、アリーナで見た50過ぎの浜田省吾の肉体は凄く格好良かったし。。。
トレーニングジムに通うということは、当然費用が発生する。
であれば、途中で辞めることは勿体ないと思い、継続するのではという浅はかな考えがある。
やってみるか!?。。。