煙の行方。

伯母が亡くなった。

昨晩がお通夜で、今日が告別式。
伯母には良くしてもらってきたので、早退と年休を取って参列してきた。

そして今回初めて経験したのが、お経を一緒に唱和する葬儀。。。

ひとりひとりに経本が手渡され、導師が「何ページをご唱和ください。」と式の最中に数回伝えてくる。
そのたびに、それを参席者全員で唱える。

正直に言えば、強制されることに違和感を覚えてしまった。

だが、伯母を送る大切な儀式。
違和感を感じながらも従った。。。

でも、参席者に仏教ではない宗教を信仰する人がいた場合、どのように感じるのだろうか?
お通夜、告別式、火葬場から戻っての初七日、全てのシーンにおいて唱和する。

些か、やり過ぎだろう?

また、空きっ腹で30分もお経を唱えるのは、結構シンドイことに気付いた。
寒さ、空きっ腹、お線香とお香の煙の中、女房は気分が悪くなりもう少しで中座するところだった。

「宗教は強制するものにあらず。」、、、自分はそう信じている。

とは言え、伯母が喜んでくれればという想い。
結局、意固地になるのも大人気ないと反省はしているのだが。。。

そして、自分の場合、この寒い季節には必ず誰かがいなくなる。
この季節は、そんな季節なんだとという想い。

そんな想いを、煙の行方に問いかけてみた。。。

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