絶望という言葉。

今回の事件の全容が判るにしたがって、だんだんとやり切れない気持ちが強くなってきた。。。

無論、その行為自体を正当化するつもりはない。
だけど、何かやり切れないのだ。

親の気持ちと子供の気持ち。
健常者の気持ちとしょうがい者の気持ち。

普段何気なく行動していること。
自分で起上がること、自分で歩くこと、自分で排泄すること、自分で聴くこと、自分で見ること、自分で喋ること、、、
このどれかひとつにでも支障があった場合、行動が難儀する。

それを介助するのが息子だった。
だけど、介助よりは甘えたい盛りの年頃。
介助されなければ、行動が難儀する母親。
お互い一番信頼している者に裏切られた絶望感。

やっぱり、やり切れないよ。。。

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