メンタルヘルスセミナー。

カウンセラーによる、メンタルヘルスマネジメントセミナーを受講した。

仕事内容の変化、成果主義、スピード社会、コミュニケーション不足などの背景により、メンタルダウンが以前に比べて圧倒的に増加していると言う。

そうなのか?
本当にそれだけの理由なのだろうか?

内部のディスカッションでは、昔に比べそれらメンタル疾患が潜在的なものから顕在化し、オープンに出来る土壌が出来あがったことも背景にあるのではと。。。

これには、自分も同意出来た。
確かに、そのような背景はあるなと感じている。

そして今回その説明の中で、セロトニンやアドレナリンなどの脳内物質の不足という肉体的な要因を知ることが出来た。
その対処のために、抗鬱剤があると。
このことは、自分の中では大きな意味を持つ。
やっぱり、ちゃんとした病気なんじゃんか!と、やっと認識することが出来た。
 
 
適応障害、パニック障害、鬱病、自律神経失調症。。。

では、その要因や契機は?

まずは、理不尽な力や状況下におかれ、抵抗を試みるも抗えない場合。
結果的に、自己を否定され、心折られる。

このケースは、自分も納得と理解が出来る。
とても辛いはずだ。。。

また、人やペットの死によるもの。
つまり、死に直面した場合。

死に直面したショックによるもの。
喪失感だろう。

また、その死に直面したことことにより、自分にもやがて死が訪れると感じて、自分自身どうしたら良いのだろう?、自分はどのように生きれば良いのだろう?と考え、焦燥感に駆られる場合。

これも、理解は出来る。

ただ、、、

いずれにせよ、人、人以前に動物としての生への本能が、昔と比べ低下してしまっているような危機感を感じてしまった。

生への本能。。。

死を感じること。
死を回避しようとする意志と本能。
生き抜こうとする意志。
最期に、笑えればと想う気持ち。
 

 
バイクに乗ること。
己の生身を剝き出しで、疾走する。
そして、隣を走る大型車のダブルトラックのダブルタイヤを見て、自分の死を冷静に見つめる。。。
 
 
見つめ直すこと。
手術室前のベンチシート。
大幅に予定時間を越えてのオペ。
ただただ、ベンチに座り待ち続ける。
己の無力さを認識する。。。

死んでしまうのか?
助からないのか?
幸せに出来たのか?
後悔はないか?
守れたのか?

そして、最悪のケースを想定して、心の準備をする。
全てを背負って行こう。
絶対に、お前の分まで生き抜いてやるからと。。。

手術中のランプが消え執刀医が笑顔を見せた瞬間、全身の力が抜け涙が溢れる。
これからも、ふたりで絶対に生き抜いていこうぜと。。。
 
 
本牧ふ頭交差点の信号ひとつで、死に目に会えなかったこと。
信号無視も出来ない己の小ささを恨む。。。
 
 
苦しそうな呼吸が、安らかになっていく。
もう充分だから、休んでくれと願う気持ち。
明け方、外が明るくなるのと反比例するように、呼吸が小さくなっていく。
そして、呼吸が止まっても、未だ脈を打ち続ける心臓。
束の間を経て、すべての灯が消え去った。
これで、自分を守ってくれたふたつのゆり籠がすべてが無くなってしまった喪失感。。。
 
 
体力低下が激しく、駄目もとでの開腹手術。
案の定、術後の経過が良くなく、傷口すらくっつかない始末。
ただ、一瞬自分の顔を見て、微かに頷く。。。
 
 
ハンターとして、生あるものを殺め、食すという選択と現実。
 
 
人は簡単には死なないと想う気持ちと、あっけなく死んでしまうものだとの認識。
死が比較的身近だったことによる恩恵。
小さな辛いことの繰り返し。
だけど、それが血となり肉となった。。。

最期に笑えればそれでいいとの想い。
だから、色んな楽しいことをしてみたいと願う気持ち。

そんなことを、これからも信じていこうと感じた。。。

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