語り部と英霊。

両親が逝き、親戚の方々も。。。

今となっては、語り部がほぼ居なくなってしまった。
無論、自分は終戦後の世代。
だから、語り継がれることにより、その当時を思い知るしかなかった。
しかし、今となっては。。。

横浜の小港から千葉に疎開したこと。
防空壕で過ごした夜のことや、横浜橋や黄金町のこと。

出兵していった伯父たちのこと。
サイパンの海で戦死したことと、復員して海で無くなったこと。
だから、海にだけは気をつけろ!と。

芋の蔓やすいとんのこと。
だから、芋は嫌いだと。
お袋は、何かを思い出す度にすいとんを作ってくれていた。
その味は好きな味だった。
だけど、当時のそれは、こんなに美味しいものでは無かったと。

防空壕。
子供の頃は、よく見た記憶がある。
崩れるから、絶対中に入るな!と。
今現在では、ナッシュとの散歩で見つけたものが近所にある。
 
 
語り部たちのそんな話しを聞きながら、何故か本牧のベースにも惹かれていた自分。
結局のところ、身を以て経験していないからだろうか?

あと10年もしたら、語り部はいなくなってしまうだろう。。。

物資的には、とても豊かになったこの国。
飽食の時代だと思っている。
自分自身もその恩恵を授かっていると認知している。
だが、幼い頃から、お寿司や焼き肉を食べさせる親もいる。
かと思えば、お寿司や焼き肉を食べに行っても、ちゃんと大人と子供の差別化を図り、これは大人になってから食べられるものなんだよと教える親もいる。

豊かで平和が続いている状態で、第三者の目を気にして英霊たちへの追悼もしない現与党。
それとは正反対に、エノラ・ゲイ機長の息子さんが駐日米大使の広島記念式典出席について、出席すべきではなかったと主張する。
「原爆投下は正しかったか」と問われ、「我々は正しいことをした。多くの米兵の命が救われたうえ、多くの日本人の命を救った可能性もある」と。
見解の違いこそあれ、英霊たちへ敬い誇りに思う態度は立派だと感じる。
 
 
自分の両親や親戚縁者が経験した修羅場。
否が応でも高まる生存本能。
貧しさや苦境に負けない意志の力。
狂気の世界を生き抜いた力。

そんなご先祖様たちの話しを聞き、英霊たちの経験したことを知り、僅かばかりのDNAを引き継いだであろう自分がいる。

だからこそ、「ありがとう。まだまだやれます!」と。。。(^^ゞ

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