神棚のある生活。

昔、若い頃は神様なんて居るわけが無い!と、頑なまでにポリシーを堅持していた。
神様が居るなら、こんな状況に何度もなるはずが無いと。。。

歳月は過ぎ、今年の初詣で氏神様へ詣でた時にお札を授かった。
そもそも、毎年初詣は弘明寺観音様へお参りをして、氏神様へもお参りしていた。

いいのか、これで?

ふとした疑問が昨年湧いてきた。
節操が無くないか?
やはり、氏神様がトッププライオリティではないか?
そう感じ始めた。

氏神様ではお守りの頒布は無く、お札と破魔矢だけ。
だけど、来年(今年)から初詣は氏神様だけにしようと決めたのだ。

授かるお札は、「神宮大麻」と「氏神様」と「荒神様」と知っていた。
授かるのであれば、ちゃんとお祀りをしないとイケナイ。
であれば、神棚を我が家にもお祀りしようと考えた。

何故だろう?
若い頃は無神論者だった自分が、何故今神棚を祀ろうと思い始めたか?

これと言った理由は判らない。
何となくそうするべきと数年前からから感じていた。
強いて言うのであれば、山や川などの自然や自然現象を敬うことかと思ってる。
年齢も関係しているのかも知れない?

そして、元旦にお札を授かった後、ひとりホームセンターホームズへ急行し、神棚を準備して、直ぐに我が家に祀った。
それからが大変だった!?

自分の無知や見識の無さに辟易した。
祀り方などを知らないのだ。
また、言葉すらも判らない。
それから色々と習わしなどを調べて今日に至るのだが、年明けからは殆んど自分自身の意識がそちらに傾き時間を費やした。
神宮大麻が、伊勢神宮から全国へ頒布されることなんて驚きだった。

で、元旦から神棚のある生活を始めました!

オヤッと思ったことは、女房が結構協力的且つ知見があるのだ。
実家に神棚を祀っていたからだろうか?

神棚は和室に祀ったのだが、気付けば氏神様のお社の方向へと合致した。
また、我が家から氏神様のお社の屋根が見えることも知った。
あと、判らなかったのが荒神様の祀り方。
結局は台所にお祀りして、御神饌も別個にお祀りした。

日本神話、神道、神頼み、仏教との混在などと色々あるが、あまり意識はしていない。
これからは感じたままに生活出来れば良いかと。。。

で、結構良いもんだと感じている。
日々の臍が出来た感があるのだ。
また、敬う気持ち。

今は、そんな感じが心地良い。。。
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